ぷれこんさあと

【2020年11月-12月】

 

=音楽から学んだこと=

 

 

 ホルンを始めた中学生のころから、雄心をかき立てられる存在だった、今は亡き千葉馨先生。N響首席ホルン奏者として、演奏されるその姿は、オーケストラ全体を睥睨(へいげい)しているかのように見えた。偉丈夫でもあり絶対君主の様に、俺について来い!というタイプだと思っていた。

 オーケストラに入ってから、自分のリサイタルのためにレッスンを受け、東京ホルンクラブで一緒に演奏させていただく機会などでいただいた言葉は、その豪放(ごうほう)磊落(らいらく)なイメージとは全く違っていた。

 或る時、先生の運転される車に乗せていただいたことがあった。その頃私は運転免許取りたてで、周囲の車の急な幅寄せや進路変更に一々反応し、毒づいたりしていたが、先生は意に介さず「こっちが見ているから大丈夫」とおっしゃる。実は先生、レーシングカーを所有されるほどの、プロ級の腕前。周りの未熟な運転に感情を乱されることなく、極めて冷静に対処されていたが、先生にとってはごく当たり前のことだったと思う。

 その後、オーケストラにもだいぶ慣れた頃、指揮者に合わせ、きちんと正しく演奏しているつもりなのに「もっと周りの音を聴いて、合わせて!」と他のメンバーから叱咤されたことがあった。実はその頃、メンバーの中に「正しく」演奏できていないと思われる先輩が居て、その先輩のおかげで演奏が乱れると、不満を持ち始めていたのだ。

 先生にこの不満を「下手な奴にも合わすのですか」とぶつけたことがある。すると「人に合わせられる人を上手という。人に合わせられない人を下手という。オーケストラは、だから一番下手な人のレベルになるのは、しょうがない。そこにさらにおまえさんが正しさを追求したらどうなるんだい?」と静かに諭(さと)された。

 その頃の私は血の気が多く、レベルの低い先輩をあからさまに軽蔑し、大変態度が悪かった。他の先輩からも「お前は生意気だ」と度々注意されていた。でも態度は改めない。「やってらんないですけど」と先生に愚痴を言うと、「相手にするからいけない。相手にすればおまえさんがそのレベルに落ちるだけ。漱石の草枕にあるだろう?智に働けば角が立つ。情に掉させば流される、だよ。」と破顔一笑された。

 正義や正しさは独断ではないだろうか。だから争いやいじめを生み、戦争にもつながりかねない。正しさは人の数ほどあるのだ。アンサンブルをぶち壊していたのは、この私だったのだ。和を以て貴しとなす。お互いを尊重し、常に調和を図るべきなのだ。それが叶わぬとなれば静かに立ち去るしかないのだ。

 私は今年73歳になる。過日に鑑みると、窘(たしな)めていただいた事柄は、至極尤(もっと)もと実感する。コロナ禍の最中、自分こそ正しいと、感染者や、医療従事者を誹謗中傷するなど、もっての外である。

 励ましあおう!思いやりといたわりで。

 

 

プラバホール 芸術監督 長岡 愼

長岡 愼

 

 

 

 

 

 

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